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築地から豊洲へ、60年続く「銀鱗文庫」を守るファッション誌元編集者の女性【豊洲発 新鮮!魚の情報】:時事 ... - 時事通信ニュース

 マグロの競りで知られる東京・豊洲市場(江東区)に、魚や市場に関する本や資料を集めた全国でも珍しい私設の図書室がある。旧築地市場で誕生して60年以上続く「銀鱗文庫」(ぎんりんぶんこ)だ。日本の食を長年支えた築地時代の貴重な資料なども展示している。豊洲への市場移転で閉鎖の危機にも直面したが、存続を諦めなかった1人の女性が守り続けている。(時事通信水産部 岡畠俊典)

【目次】
 ◆蔵書3000冊、昭和の商売道具も
 ◆築地で誕生「本に親しめるように」
 ◆廃止から「運命」の逆転劇
 ◆ファッション誌編集者から出刃包丁を…
 ◆「小さいながら欲張りな図書室」

蔵書3000冊、昭和の商売道具も

 新交通ゆりかもめ「市場前駅」の歩行者デッキから直結する、豊洲市場の管理施設棟2階。出入り口のすぐそばに、図書室と資料室を兼ねた銀鱗文庫がたたずむ。同市場の水産仲卸業者を中心とした有志でつくる文化団体、NPO法人築地魚市場銀鱗会(粟竹俊夫理事長)が運営。本の貸し出しは会員のみだが、一般客も閲覧や見学ができる穴場的スポットだ。同会事務局長の福地享子さんが迎えてくれる。

 昭和のノスタルジーを感じさせる古民家風の室内には、魚食文化や料理、市場などがテーマの本がずらり。1935年に築地市場が開場する前の昭和初期から仲卸団体が発行した機関誌なども含め、約3000冊を所蔵している。築地の仲卸経営者ら「旦那衆」が資金を出し合って特注した木製の本棚も修復して持ち込み、当時の雰囲気を残す。

 貴重な歴史資料も多い。昭和時代に「仲買人」と呼ばれた仲卸の商売道具や、新築時の築地市場の白黒写真など100点以上を保存し、展示。仲卸が日々の売り上げを筆書きで記録した戦前の「大福帳」や、築地市場を開設した当時の東京市が仲買人に発行した営業許可証なども並ぶ。築地の前身で、江戸時代に始まり、1923年の関東大震災で被災した「日本橋魚市場」の沿革が記された明治初期の資料も保管。福地さんは「魚河岸のルーツや歴史を詳しく知ることができるので、気軽に訪れてほしい」と話す。

築地で誕生「本に親しめるように」

 旧築地市場内の建物の一角に、銀鱗文庫が誕生したのは1961年。戦前に機関誌「銀鱗」を発行していた仲買人の有志らが、終戦後に「築地魚市場銀鱗会」を結成し、同会創立10周年の記念事業として図書室を開設したのが始まりだ。

 当初は機関誌や水産関連など図書の整理や保存が目的だったが、市場で働く人が気楽に本に親しみ、教養を深められるよう、世界文学全集やミステリー小説などもそろえ、会員に貸し出すようになった。蔵書は最大で約1万冊にまで増えたという。

 市場の発展とともに蔵書も充実してきた銀鱗文庫だが、商売で忙しい業者の関心は次第に薄れ、利用者は減少。福地さんが「お留守番役」として図書室を管理するようになった2008年頃には、ほとんど誰も利用しなくなっていた。

廃止から「運命」の逆転劇

 「銀鱗会」の会員が納める会費や市場関係者からの支援金のみで運営してきた銀鱗文庫だが、築地市場の豊洲移転が決まったのを受け、廃止案が浮上する。会員も減る中、移設する場合の引っ越し費用や運営費が大きな壁となった。豊洲での存続を強く訴えていた福地さんの思いとは裏腹に、会の役員たちは、築地の閉場とともに閉鎖するつもりだった。

 銀鱗文庫の廃止を決める役員会の当日、「運命」の逆転劇が起きた。ちょうどその日、文庫の見学に訪れていた図書館司書の女性グループ5、6人が帰り際、役員を前に「魚屋さんが市場で図書室を開いているなんて、私たちにとって憧れで聖地みたいな場所です。大切にしてください」と話したという。それを聞いた役員は「みんな目からうろこが落ちたみたいだったわよ」と福地さん。事態は一変し、存続と豊洲への移設が決定。福地さんの願いがようやくかなった。

 次に頭を悩ませたのが、新図書室の内装や引っ越しの費用だ。合計で700万円が必要だったが、大幅に不足。やりくりを任された福地さんはクラウドファンディングも検討したが、「将来を考えると、やはり市場業者の皆さんに協力をお願いしたい」との考えから築地で募金集めに奔走した。支援の輪が広がり、100人以上が協力してくれたという。

 豊洲では、部屋の広さが36平方メートルと築地の半分ほどになったが、新市場開場日から約2週間遅れの2018年10月27日、無事にオープンにこぎ着けた。

ファッション誌編集者から出刃包丁を…

 福地さんは、有名ファッション誌の元編集者という異色の経歴を持つ。海外を飛び回り、ファッションショーや三つ星レストランを取材するなど華やかな世界で活躍した。ところが、自身が料理本を手掛けた有名シェフの紹介で築地の仲卸店を初訪問したとき、「今までと真逆のアナログで異質な世界」に魅了された。40歳を過ぎた1998年、勤務先の出版社を辞め、出刃包丁を入手して仲卸で「新人」として働き始めた。

 料理の知識だけでは通用しなかった仲卸の仕事。「魚をうまくさばけなくて『ハンバーグを作っているのか』と言われたり、サンマの値段を勘違いして大安売りしてしまったり…。たくさん失敗したけど、知らないことだらけで仕事は面白いし、店の人にかわいがってもらえたのかな」と思い出を語る。

 早朝から仲卸で働き、仕事を終えた昼すぎから夢中になって入り浸っていたのが銀鱗文庫。もともと東京・神田の古本屋巡りが好きだった福地さんにとって、銀鱗文庫は「宝の山」だった。

 通い始めて10年近くたった頃、常勤の女性事務員が退職。扉に鍵が掛かり、閉ざされた状態が続いていたため、福地さんが留守番役に手を挙げ、管理を任された。本を整理しながら、棚や引き出しの奥でほこりをかぶっていた古い資料などを見つけては、目を輝かせる日々。ひっそりと静まり返った図書室は「居心地が良く、独り占めした気分だったわ」と、笑みを浮かべながら振り返る。

 銀鱗文庫が所蔵する歴史資料は、仲卸から寄贈されたものも多い。豊洲移転の際には、仲卸が事務所を整理していて見つけた古い写真や道具などを、福地さんが譲り受けながら集めた。市場のごみ捨て場から拾ったものもあり、「昔から収集癖があるのよね。古い資料はいつか役に立つかもしれないと思って大切に取っているのよ」と話す。

「小さいながら欲張りな図書室」

 現在は室内にミニギャラリーも開設。魚を題材にした絵本の原画展や、「ウオヒレ」を紹介する一風変わった展示会などを定期的に開く。築地市場の解体記録をまとめた写真集を自費出版したり、魚の料理教室を実施したりと、「小さいながら何でもやる欲張りな図書室です」と胸を張るように、活動は幅広い。

 日本橋から築地、移転から5年目を迎えた豊洲と、魚市場の歩みを伝える銀鱗文庫。会員の減少や運営費の工面に苦悩を抱えながらも、福地さんは「市場の皆さんの協力で成り立っている図書室で、本や資料を大切に保管し、次世代に市場や魚食の伝統、文化を受け継いでいきたい」と情熱を注ぎ続ける。

(2023年3月5日掲載)

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