好調な冷凍食品分野で「ギョーザ」を中心にリードする味の素冷凍食品。マーケティング本部の製品戦略部長として、商品開発などの指揮を執るのが大竹賢治氏だ。敏腕マーケターが目指す未来とマーケティングの本質を聞いた。
※日経トレンディ2022年6月号の記事を再構成
冷凍食品の人気が高まるにつれ、存在感をますます高めているのが味の素冷凍食品。看板商品は、年間200億円以上を販売し、業界全体でも売り上げ1位を19年連続で記録する「ギョーザ」だ。2022年春にはコロナ禍の消費者意識の変化を捉え、パンチの効いた味がビールのつまみに向く「黒胡椒にんにく餃子」や、野菜たっぷりで和食に合う「シャキシャキやさい餃子」などの新商品を投入。特に前者は家飲み需要と合致し、目標の約1.5倍と快調だ。
同社マーケティング本部の製品戦略部長として、20年から商品開発などの指揮を執っている大竹賢治は「我々にしかできないことが、製品開発の基準です」と明言する。「200億円という数字の向こうには『人』の営みがあります。他社の模倣をしても新しい価値は生み出せず、消費者を幸せにすることはできない。だから2匹目のドジョウを狙った後追いはしません」
味の素冷凍食品 マーケティング本部 製品戦略部長 大竹賢治氏
1974年、山形県生まれ。東京外国語大学ロシア東欧語学科ロシア語専攻卒。98年味の素入社。営業担当後、2006年に事業部へ異動。「クノール カップスープ」「ピュアセレクト マヨネーズ」等のマーケティングを手掛ける。海外食品部、インドネシアでの新事業担当取締役を経て20年から現職
21年夏に発売した「ザ★ハンバーグ」でも、「それは本当に我々がやるべき仕事なのか?」というテーマで担当者と議論を重ねた。従来の冷凍ハンバーグは煮込みタイプがもっぱらだが、この商品は鉄板で焼いたハンバーグを冷凍食品化した画期的なもの。しかし大竹がこだわったのはそこではない。「焼きハンバーグは今までなかった、というのは企業側の論理。担当者には、消費者にどんな新しい価値を提供できるのか熟考を促し、それを見いだせないなら開発を止める、とまで言いました」。既に「チャーハン」や「シュウマイ」がある人気ブランドの「ザ★」からハンバーグを出すという理由だけでは、大竹は納得ができなかった。担当者が考え抜いて見つけた答えが「白飯にもビールにもがっつり合う冷凍ハンバーグは、この商品しかない。既存の商品はパンとワインに合うものばかりだから」だった。世の中に存在しない価値を生み出せるなら、と開発にゴーサインを出した。「これまで世の中になかったものを生むわけですから、開発は困難を極めました。我々のハンバーグを凌駕する製品を作るのは、そう容易ではないでしょう」と自信を見せる。
味の素グループでも経験豊富なマーケターとして知られる大竹は、こうした言葉や姿勢からもうかがえるようにロマン追求型の人間だ。「マーケティングとは世の中を幸せにするもの」を信条とし、マーケターにとって必須の資質は「愛と勇気」と言い切る。
尊敬する人物に、20世紀に中南米で活躍した革命家チェ・ゲバラがいる。「彼はこう言いました。『真の革命家は偉大なる愛によって導かれる。愛のない真の革命家を想像することは難しい』。『革命家』を、そっくり『マーケター』に入れ替えることができます。論理的思考が欠かせない仕事ですが、無機質な数字を積み重ねた結果、人々が喜ぶことに意義があるんです」
「勇気」については、「消費者と向き合い、論理的かつ愛を持って見極めた軸がぶれてはいけないということ。『これなんだ』と突き通す一貫性がないと、何を開発しようとしても、そこに関わる人たちは動きません」と説明する。
その意味では、市場の先頭を走るギョーザのリニューアルほど勇気が要るプロジェクトはないだろう。ギョーザは22年に50周年を迎えたが、これまでレシピ変更した回数は、50回超。味の素冷食が掲げる「永久改良」をテーマに、水なし、油なしの調理を可能にするなど、ほぼ毎年改良を実施してきた計算だ。ところが21年には「改良するのが怖い」という声が開発陣から挙がった。相談を受けた大竹の答えは明快だった。「変えるのではなく、進むだけなのではないか? ならば今できることをすべてやって進めるだけ進もう」
この言葉がメンバーを腹落ちさせた。それから大竹と開発陣は関東近辺の餃子を食べ歩き、「我々が目指しているギョーザのてっぺんは、このあたり」と共通の目標を定めた。そして21年秋に、食べ飽きない味へとレシピ変更を実施。恐れていた顧客離れは起きず、新規客の取り込みに成功した。同年に開催された東京五輪の選手村で供され、「世界一おいしい餃子」と話題を集めたことも幸いした。
さすがの大竹も大幅リニューアルには怖さを感じていたといい、無事な着地に安堵した。「目指すてっぺんは、常に高くなっていくのだと思います。世の中の味覚がどんどん上がっていきますから」と、なお手綱を締める。
ヒットの履歴書
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